金沢地方裁判所 平成4年(ワ)345号 判決 1995年10月19日
原告
浜本潔
同
中崎吉一
同
松林克己
同
岡良昭
同
西俊一
同
永森幹夫
同
新甫日出夫
同
北山誠一
右原告八名訴訟代理人弁護士
菅野昭夫
同
西村依子
被告
株式会社達田タクシー
右代表者代表取締役
達田多市
右訴訟代理人弁護士
岡田進
主文
一 被告は、原告各自に対し、それぞれ左記の各金員及びこれらに対する平成四年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
記
原告浜本潔に対し、金六〇万九七四八円
原告中崎吉一に対し、金五四万七七〇二円
原告松林克己に対し、金三三万四八二八円
原告岡良昭に対し、金四六万五四一六円
原告西俊一に対し、金四八万三〇〇二円
原告永森幹夫に対し、金五四万五八一〇円
原告新甫日出夫に対し、金一三万三〇五六円
原告北山誠一に対し、金三五万五一一八円
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告各自に対し、それぞれ左記の各金員及びこれらに対する平成四年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
記
原告浜本潔に対し、金六四万六〇九六円
原告中崎吉一に対し、金五八万五三六四円
原告松林克己に対し、金三六万七二六〇円
原告岡良昭に対し、金五〇万三〇一八円
原告西俊一に対し、金五一万〇一四二円
原告永森幹夫に対し、金五八万三四七〇円
原告新甫日出夫に対し、金一四万三八一六円
原告北山誠一に対し、金三九万三一五八円
第二 事案の概要
本件は、タクシー運転手として勤務する原告らが、雇用者である被告に対し、平成元年四月一日の消費税導入に伴う運賃改定が実施された以降の賃金について、その一部が未払であり、そうでないとしても、被告に不当利得が生じていると主張して、未払賃金の支払又は不当利得の返還を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 (当事者)
被告は、タクシー業を経営する株式会社であり、原告岡は昭和五〇年一二月に、原告北山は昭和五七年八月に、原告永森は昭和六〇年一〇月に、原告浜本は昭和六一年一月に、原告中崎は平成元年四月に、原告松林は同年七月に、原告西は平成二年二月に、原告新甫は平成三年二月に、それぞれタクシー運転手として被告に入社した者である。
2 (消費税の導入に伴う運賃改定)
平成元年四月一日、消費税導入に伴う運賃改定が行われ、それまでの運賃及び料金に一〇三パーセントを乗じ、一〇円単位に四捨五入した額の運賃及び料金を乗客から収受し、事業者である被告が消費税法所定の額を納税することとなった(以下、右改定を「本件運賃改定」といい、これによる運賃の増加分を「消費税相当分」という。)。
3 (簡易課税方式による納税)
消費税の納税については、その基準期間における課税売上高が一定額以下の事業者について、いわゆる簡易課税方式が定められており(消費税法三七条)、被告は、この方式による納税を行っている。
この納税方式は、消費税法三〇条ないし三六条の規定により課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入れ等の税額の合計額を、実際の仕入れに係る消費税額によらずに、当該事業者の課税期間の課税標準額に対する消費税額から当該課税期間における同法三八条所定の消費税額の控除をした残額にその事業者の営む事業の種類の区分に応じた一定率(以下これを「みなし仕入率」という。)を乗じて計算した金額を控除額とすることを認めるものであり、被告に適用されるみなし仕入率は、平成元年四月から平成四年三月までの間は八〇パーセント、平成四年四月以降は六〇パーセントとされている。
そこで、右簡易課税方式を採った場合、被告は、運賃収入(以下「運収」という。)に対する消費税額から八〇パーセント又は六〇パーセントを控除した額を納税すれば足り、客から収受した運賃のうちの消費税相当分の合計額から右現実の納付額を差し引いた残額(以下「本件差額分」という。)は納税されないこととなる。
4 (本件差額分の不支給)
被告は、本件運賃改定以後、消費税相当分は賃金算定の基礎となる運収には含まれないとして、消費税相当分の全部を原告らの賃金を算定する際の計算の基礎から除外し、これに応じた額の賃金しか支払っていない。
二 当事者双方の主張
1 原告らの主張
原告らは、本件差額分も運収の一部であるから、同人らと被告との賃金についての労働契約からすれば、本件差額分の全部に対応する部分が賃金として支払われるべきであり、仮にそうでないとしても、労使間のタクシー料金改定の場合の暫定措置に関する定めに従った計算方法により、賃金に加算されるべきであるとして、次のとおり主張する。
(一) 被告においては、遅くとも昭和五〇年一二月ころからは、各運転手が前月二一日から当月二〇日までの間に乗客から受け取って被告に納金する運収から管理費、燃料費などの経費を控除した残額をその者の賃金として支給する制度が実施されており、原告らの賃金も、各雇用の当初から、右賃金制度によって支払われることとなっていた。
右の賃金制度は、一般にリース制賃金といわれるものであって、運収から控除する経費の内容及び管理費の額については、それぞれ運賃改定の都度、被告に存在した二つの労働組合、すなわち達田タクシー労働組合(以下「達田労組」という。)と全国自動車交通労働組合石川地方連合会(以下「全自交」という。)との間において、それぞれ協定が締結されてきており、協定に定めのない費目を控除してはならない旨の労働協約及び労働契約があった。
(二) 被告と達田労組との間においては、昭和五五年六月一一日、管理費を一二万四〇〇〇円とし、運収から、右管理費、燃料費、交換部品代金、修理費用、事故の際の免責分を差し引いた全額を、当月二八日限り賃金として支払う旨の労働協約が締結された。
その後、被告と達田労組との間においては、管理費の額は、昭和五七年四月八日締結された労働協約によって一三万二五〇〇円と改定され、次いで、昭和六二年一月一八日に締結された労働協約によって一四万八〇〇〇円と改められた。なお、昭和六二年一月一八日締結の協定では、控除すべき経費として、金沢駅構内への入場代金(構内チケット代)が新たに追加された。
(三) また、被告と全自交との間では、平成元年四月二六日、被告と達田労組との間の管理費等についての合意内容は、同年三月に遡りかつ将来にわたって、原告岡についても適用されることが合意された。
(四) 原告岡を除くその余の原告七名は、いずれも被告への入社時に達田労組に加盟し、原告岡は、昭和六二年二月二一日、全自交に加盟した。
(五) そして、少なくとも平成元年四月分以降は、運収から、管理費、燃料費、車検の際の交換部品代、修理費、チェーン・オイル・洗浄液等の消耗品代、一般部品代、タイヤ代、事故時の免責分などの経費を控除した残額を本件各原告の賃金とすることが、被告と各原告との労働契約の内容となっている。
(六) 右の運賃の算定方式によれば、諸経費の値上がりは原告ら運転手の負担になる代わりに、運収の増加分は基本的に運転手の賃金となるものであるところ、本件運賃改定後の運賃においては、消費税はいわゆる内税であるから、消費税相当分を含めた乗客から収受する金員の全部が運賃収入であって、税金と運賃とに分かれるものではない。したがって、消費税の導入に伴う運賃改定があっても、協約等が改定されない以上、原告らの運賃算定に当たっては、事業者が簡易課税方式によって納税すべき分を公平の観点から控除することはともかく、本件差額分を控除すべき理由はない。
また、実質的にみても、簡易課税制度において事業者が消費税相当分のうちの一定の比率による控除が許されるのは、通常事業者が仕入れ等に係る消費税を負担していることによるものであるが、本件においては、仕入れ等に該当する修理費、燃料費などの経費に係る消費税は原告らが負担しているのであるから、簡易課税方式を採ることにより通常の納税方式による納税分より軽減される分の利得が原告らに帰属するのは当然である。
しかし、被告は、平成元年四月分以降、原告らが別表第一記載のとおりの運収をあげたにもかかわらず、原告らに対し、右運収から別表第二記載のとおりの消費税相当分全額を差し引いた金額の賃金しか支払わない。
そこで、被告は、原告らに対し、別表第二の「合計額」欄記載のとおりの未払賃金を支払うべき義務がある。
なお、前記(五)の賃金の決定方法が、労働基準法に違反するとしても、法の定める最低限の基準すら守らない被告が、右違反を理由として右賃金の決定方法に関する合意の無効を主張することは信義則に反し、許されない。
(七) 仮に原告らの賃金について右の方法で算出すべきものと認められないとしても、原告らの賃金は、被告と達田労組との間に昭和六二年一月一八日付け及び平成三年九月二七日付けで締結された労働協約に定められたタクシー料金改定の場合の暫定措置に関する定め(以下「本件暫定措置協定」という。)に従って計算されるべきである。
すなわち、右労働協約によれば、運賃改定があった場合に労使間で右改定に伴う管理費の改定についての合意が得られるまでの間は、小型車の待ち料金を基準として、一日一六時間、月一三稼働乗車したものとして計算した額について、改定前後の差額の一〇パーセントを管理費に加算することとして、それを賃金から控除し、その余の改定料金部分は運転手に帰属する旨が合意された。なお、その実施については、改定日が毎月二〇日前の場合はその月の二一日から、それ以降の場合は翌月の二一日から実施するものとされている。
本件運賃改定について本件暫定措置協定を適用した場合、右運賃改定前の小型車の待ち料金は、待ち時間二分二五秒につき八〇円であるから、簡易課税方式による納税額を運賃値上げ分に含めずに計算すると、別紙のとおり、平成元年五月から平成四年三月までに支給される分については、金九九二円(円未満四捨五入)を、平成四年四月から支給される分については、金七四四円(円未満四捨五入)をそれぞれ管理費に加算したうえで、前記の労働協約に従った経費の控除を行った残額は、すべて賃金として計算すべきこととなる。
そこで、この方法によるときには、被告は、原告らに対して、別表第三の「合計額」欄記載のとおりの未払賃金を支払うべき義務がある。
(八) 仮に原告らの賃金請求権が認められないとしても、被告は乗客から収受した消費税相当分のうち、(六)又は(七)記載の各請求権相当額を法律上の原因なく利得し、これにより原告らは同額の損失を被っている。
よって、原告らは、被告に対し、前記第一記載の未払賃金又は不当利得金及びこれらに対する本訴状送達の翌日である平成四年八月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(一) 原告らの賃金の算定方式は、左記のとおりの給与を毎月二一日から翌月二〇日までを一箇月とし、その月の二八日に給与を支払うというものであり、これは、いわゆる成果配分方式に属するものであって、リース制賃金には当たらない。
記
(1) 基本給 毎月一一万円
(2) 乗務手当 一稼働につき一〇〇〇円宛
(3) 家族手当 毎月五〇〇〇円
(4) 深夜割増 午後一〇時から午前二時までの間に乗務した時間数の合計に対して、四時間につき九〇〇円の割合の金員
(5) 祝祭日 祝祭日の一稼働につき、四四〇〇円の割合の金員
(6) 無事故手当 期間中無事故であった場合金五〇〇〇円
(7) ボーナス 期間内の営業収入の合計から金三九万円を控除した額につき千円の位を四捨五入した金額を支給する。
(8) 精勤手当 期間中の営業収入の合計から右(1)から(7)までの金額の合計及び管理費、燃料費、修理費の二分の一及び金沢駅構内チケット代金を控除した額
なお、右の賃金体系の内容は、昭和四九年九月二一日付け及び昭和五五年六月二〇日付けの達田労組と被告の間に締結された各協定書にも明示されているところである。
(二) 仮に被告が労働協約又は労働契約によって原告ら主張のような賃金の算定方法を合意しているとしても、それらは労働基準法二七条及び二八条に違反するものであるから、無効である。
(三) また、仮に原告ら主張のような賃金の算定方法についての合意が無効でないとしても、消費税の導入に基づく本件運賃改定は、右協約等締結当時には予測されていないものであるから、右協約等の効力の範囲外のものである。
本件運賃改定は、消費税の導入に伴い、消費税の負担を円滑かつ適正に消費者たる乗客に転嫁するために消費税相当分の値上げが行われたものであって、営業収入の増加・経営改善のために行われた従前ないしその後の運賃改定とは性質が異なり、右の消費税相当分は国に納付するものであるから、被告の経営には寄与しない。このことは、運賃収入(メーター運賃)に含まれる消費税相当分が、自動車運送事業会計の処理上、政府の指導により、預り金勘定に計上される預り金として処理されていることからも明らかである。
被告は、事業主として消費税納入者となっているものであり、直接納税方式を採るか簡易課税方式を採るかの選択は、被告の固有の権利であり、このことについて、原告らは何らの権利も有していない。
したがって、消費税相当分は、あくまで被告会社の収入であり、原告らの賃金の算定において、配分の対象となるべきものではない。
なお、被告が、原告らに修理費、燃料費等の消費税を負担させたことは一度もない。
三 争点
したがって、本件の争点は、次の各点である。
(一) 原告らの各月の賃金は、本件運賃改定以前、どのような方法で算定されていたか(争点①)
(二) 原告らの賃金の算定方法が原告らの主張のとおりであるとした場合、そのような賃金の決定方法を定めた労働協約及び労働契約は、労働基準法二七条及び二八条に照らして有効か(争点②)
(三) 本件運賃改定後、本件差額分は、原告らの賃金算定に当たってどのように取り扱われるべきか(争点③)
(四) 原告主張の不当利得請求の当否(争点④)
第三 当裁判所の判断
一 原告らの各月の賃金は、本件運賃改定以前、どのような方法で算定されていたか(争点①)について
1 証拠(原告岡本人、原告北山本人、甲三の一から三八まで、同四の一から三四まで、同五の一から三二まで、同五の三三の一及び二、同六の一から四〇まで、同七の一から二八まで、同七の二九の一及び二、同八の一から四〇まで、同九の一から七まで、同九の八の一及び二、同九の九及び一〇、同一〇の一から一八まで、同一一から一五まで、同二七の一及び二)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 被告会社のタクシー運転手の賃金は、昭和五〇年ころ以降は、各運転手が前月二一日から当月二〇日までの間の運収から管理費、燃料費などの経費を控除した額を、その者の賃金として支給する方法が採られていた。また、このような賃金の算定の仕方は、基本的には本件運賃改定の前後を通じて変更されることなく、現在に至るまで維持されている。
(二) 右の賃金から控除されるべき管理費の額及び経費として控除すべき経費の内訳等については、当時被告に存在した労働組合と被告との間において順次、労働協約が締結され、内容の改定が行われてきた。
これらの協約およびその内容は、原告ら主張(第二の二1(二)及び(三))のとおりである。
(三) 右の賃金の算定方法は、原告らについても、各雇用の当初から適用され、平成元年三月ころにおいては、原告らは、運収から、管理費、燃料費、車検の際の交換部品代、修理費、チェーン・オイル・洗浄液等の消耗品代、一般部品代、タイヤ代、事故時の免責分などの経費を控除した額を賃金として支給されていた。
ちなみに、本件運賃改定後ではあるが、原告新甫は、平成三年一一月二一日から一二月二〇日まで入院のため稼働できなかったところ、同原告に対しては、平成三年一一月分の賃金としては、基本給をはじめとする諸手当はなく、運収から消費税相当分を控除した金額の四〇パーセントに当たる金五万五三一〇円だけが支払われたにとどまり、同年一二月分の賃金についてはまったく支払われなかったうえ、平成四年一月の賃金は、平成三年一〇月使用分の費用が控除されて支払われた。
また、原告岡は、平成五年二月分の運収が経費の合計を下回ったところ、賃金はまったく支払われず、かえって、経費の合計を下回った分に相当する金一万五九八六円を公租公課とともに被告に対して支払っている。
なお、右の各点について、被告代表者は、原告新甫については、稼働数が少ない場合には固定給は支払わないので歩合による支払をしたものであり、原告岡については、被告の方では前記のような支払は不要であると伝えたけれども、原告岡は免許停止になって会社に迷惑をかけたからと言って置いていったものであると供述するが、右供述は、それ、自体不自然であるうえ、被告が作成し原告岡に交付した賃金の計算書(甲二七の一及び二)の記載と照らしても、措信できるものではない。
2 ところで、被告と達田労組との間には、昭和四九年九月二一日実施と記載された「賃金及び管理費に関する協定書」(乙五)及び昭和五五年六月二〇日付け「協定書」(乙七)が作成され、その内容には、被告の賃金形態は利益配分賞与方式である旨の記載があり、被告代表者もこれに沿う供述をするほか、被告が毎月作成し、原告らに交付する賃金の計算書(前掲甲三の一から三八まで等)にも、基本給、乗務手当等の費目について、被告の主張に沿った給与が支給されているように窺われる記載がある。
しかし、昭和五五年六月二〇日付け「協定書」及び右賃金の計算書の記載は、ボーナス分の支払方法をはじめとして、前記1に記載した被告の実際の取扱いとも異なっており、これらの記載及びこの点に関する被告代表者の右供述から、被告主張のような給与体系であったものと認めることはできない。
3 そこで、右1の各事実を総合して判断すると、被告と原告らの間においては、各原告らが前月二一日から当月二〇日までの間に乗客から受け取って被告に納金する運収から、労働協約によってあらかじめ額の定められた管理費と実際にかかった燃料費、車検の際の交換部品代、修理費、チェーン・オイル・洗浄液等の消耗品代、一般部品代、タイヤ代、事故時の免責分など労働協約によって合意された諸経費とを控除した額をもって、各原告の賃金とすることが労働契約の内容となっていたものと解される。
二 右の賃金の決定方法を定めた労働協約及び労働契約は、労働基準法二七条及び二八条に照らして有効か(争点②)について
原告らと被告の間の労働契約等の内容は、右一に認定のとおりであり、労働時間に応じた一定額の賃金の保障に欠ける内容のものである。
しかし、労働基準法二七条は、出来高払制その他の請負制によって使用される労働者の賃金について、労働者が就業した以上はたとえその出来高が少ない場合でも労働した時間に応じて一定額の賃金の保障を行うべきことを使用者に義務付け、これによって労働者を保護しようとする趣旨の規定であり、また、同法二八条は、労働者の労働条件のうち最も重要な賃金の最低基準を定めた規定であるから、これらの最低保障を超えて賃金を請求する場合に当該労働契約等を無効と解すべき理由はないし、これらの義務に反して法の定める保障を怠っている使用者の側から、自らの義務違反を理由として、その契約の相手方である労働者に対し、当該契約の無効を主張することも、信義則に反して到底許されないというべきである。
三 本件運賃改定後、本件差額分は、原告らの賃金算定に当たってどのように取り扱われるべきか(争点③)について
1 平成元年四月からタクシー業界において概ね一斉に行われた消費税導入に伴う運賃改定は、消費税の負担を円滑かつ適正に消費者たる乗客に転嫁するために行われたものであり(被告代表者、弁論の全趣旨)、そのため、値上げ幅も消費税相当分に限られたものであるが、消費税は、法的には、事業者が消費者である乗客から消費税を徴収してこれを国に納入するというものではなく、事業者自らが納税義務者となって国に所定の税額を納付するというものであるから、本件運賃改定後においても、右消費税相当分を含む全額が運賃であって、運賃部分と税金又は預り金の部分とに分かれるものではない。したがって、本件運賃改定後における運収とは、消費税相当分も含めて乗客から収受するすべての運賃収入を合わせたものを指すと解すべきである。
ちなみに、被告のタクシー料金については、運賃メーターに組み込まれた機能等により、消費税相当分とその余の運賃とを一応区別している(被告代表者)けれども、右の消費税相当分と実際に消費税として納付される税額とは必ずしも一致するものではないし、また、右消費税相当分が、自動車運送事業会計の処理上は預り金として処理されているとしても、そのことによって、右消費税相当分の性格が左右されるものではない。
2 また、本件運賃改定後の消費税相当分は、本来は、消費税を消費者に転嫁する趣旨で認められたものであることは前記のとおりであるが、簡易課税方式による納税を行った場合に発生する本件差額分については、現にその額が納税されずに事業者に残る限り、事業者の経営に寄与するという点では、従来の運賃増額分と比べて格別の差異はないというべきである。
3 ところで、簡易課税方式を採った場合に本件差額分が発生するのは、課税標準額に対する消費税額から一定割合の控除が認められているためであるが、このような一定割合の控除が認められているのは、消費税の累積を排除する目的で採用された前段階控除方式を、事業者の事務負担を考慮して、より簡便な方式で実現できるようにしたことによるものと解される。
そこで、被告における仕入れ等の消費税額の負担についてみると、前掲の各証拠によれば、消費税導入後は、修理費、部品代、タイヤ代及び燃料代などの消費税についても、賃金算定の際に運収から控除されており、また、車両購入費についての消費税額は被告の負担とされているものの、これはさらに管理費の中に織り込まれているものであり、そのため最終的には原告らの負担となっているものと認められる。
なお、原告らが指定されたガソリンスタンドで給油した場合の燃料代については、石川県金沢ハイ・タク事業協同組合から消費税を含めた額の請求を受けたことが認められる(乙一三から一五までの各一、二)ものの、被告がこれを支払ったことを認めるに足りる証拠はなく、部品代、タイヤ代、指定外のガソリンスタンドにおける燃料費などの消費税についての被告の取扱いからすると、指定ガソリンスタンドにおける燃料費についてだけ、消費税相当分を自らの負担とする計算をして、その余の額のみを原告らに負担させていたものとは考え難い。その他、右認定に反する被告代表者の供述部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく措信できない。
右の事実によれば、前記の賃金の算定においては、原告らは被告のタクシー事業における仕入れについての税額の相当部分を負担するものとして取り扱われているのであるから、基本となる運収の中に本件差額分を含めて賃金の算定を行うことは、実質的な意味でも、不当とはいえない。
4 被告は、右簡易課税方式を選択するかどうかは被告の専権に属することを理由として、本件差額分については、原告らには何ら権利はないと主張するが、消費税相当分も運賃として収受されるものであり、原告らと被告との間で、本件運賃改定以前から、運収から一定の経費を控除するという方法で原告らの各月の賃金を定める賃金算定方法が採られてきた以上、右の選択権が被告にあることが、原告らの賃金計算の基礎となる運収から消費税相当分を当然に除外すべき理由になるとは解し難い。
また、消費税相当分を含む運収を原告らと被告との間の労働契約上の賃金の算定における計算要素として用いたとしても、そのことによって、消費税の負担に関する被告の立場が変動したり、消費税法によって認められている被告の権利が奪われたりするものでないことは明らかである。
5 そこで、以上のことを前提とすれば、本件運賃改定後の原告らの賃金の算定は、従前と同様の方法によって、消費税相当分を含む運収から、管理費、修理費など労働協約で控除が合意されたものを差し引いたものの全額と解する考え方、あるいは、原告らが主位的に主張するように、右の控除すべき各経費のほかに被告が簡易課税方式によって納税すべき税額をも控除した金額と解する考え方も成り立ち得ないではない。
しかし、本件運賃改定のように実質的に事業上の収益への寄与を目的としない運賃の値上げが実施されたのは、本件運賃改定が初めてであって、原告らの賃金算定に関して締結された従来の労働協約及びその内容を反映した労働契約上の賃金に関する合意は、右のような性格を有する運賃の改定を想定して定められたものではないこと、被告のタクシー事業における仕入れについての税額は、原告らだけでなく、被告においても一定部分を負担していること、本件運賃改定の際に、管理費等の改定が労使間で協議されなかったのは、被告が本件差額分の全部を原告らの賃金に上乗せする意思を有していたからではなく、逆に、本件運賃改定の目的からして本件差額分は当然に原告らの賃金計算の基礎とならないものと考えたためであることなどの諸事情を考えると、右のような賃金の計算方法によって原告らの賃金を算定することが、前記の原告らと被告との賃金に関する労働契約の趣旨に合致するものとは解されない。
6 むしろ、証拠(甲一一から一四まで)及び弁論の全趣旨によれば、原告らと被告との間では、前記認定のとおり、運賃が改定される度ごとに、管理費の額等を改定した労働協約が締結され、その際、「次回の運賃改定」の際の運賃改定による増収分については、原告ら主張の方法(第二の二1(七))で暫定的に管理費を増額し、その余の部分は原告らが賃金として取得することにより、実質的に右増収分を労使間で分配する旨の約定(本件暫定措置協定)がされていることが認められる。
そして、本件運賃改定についても、事業者が簡易課税方式を採ることによって生じる本件差額分の限度では、通常の運賃改定における増収と同様の性格を有するものと解して妨げないから、従来の料金改定の際の本件暫定措置協定を適用し、値上げ分全部(消費税相当分)から被告が簡易課税方式によって納税すべき額(運収に一〇三分の一〇〇を乗じて課税売上高を算出し、その一〇〇〇円未満を切り捨てた額である課税標準に対する三パーセントの二〇パーセント又は四〇パーセント)を控除した額の運賃改定があったものと同視して、原告らの賃金を計算することが相当であり、かつ、右協定の趣旨に沿うものと解される。
7 そこで、本件暫定措置協定を適用して、本訴請求に係る期間の原告らの未払賃金額を算定する。
証拠(甲四の三三、同七の二九の一、同九の一〇、乙四の一から八まで)によれば、原告らの運収額は、別表第一記載のとおりであり、消費税相当分の額は別表第二記載のとおりであると認められる。
そして、本件暫定措置協定によれば、別紙のとおり、平成元年五月から平成四年三月までは月九九二円、平成四年四月以降は月七四四円を暫定管理費として賃金から控除すべきこととなるから、簡易課税方式による場合の原告らの本件差額分に相当する額は、別表第四記載の額となる(ちなみに、運賃改定額は一〇円未満の額を四捨五入しているため、被告が原告らの各運収について納税すべき額は、運収に一〇三分の一〇〇を乗じた課税売上高の一〇〇〇円未満を切り捨てて課税標準を算出し、その三パーセントの額から八〇パーセントまたは六〇パーセントを控除した額であって、消費税相当分から八〇パーセント又は六〇パーセントを控除した額とは必ずしも一致しない。)。
したがって、右の別表第四記載の額が原告らの被告に対する各未払賃金額ということとなる。
四 不当利得請求の当否(争点④)について
原告らは、消費税相当分について、被告が不当利得しており、そのため原告らに損失が生じていると主張するが、原告らは、前記の未払賃金請求権の限度で権利を有しているにすぎず、その支払請求が認められる以上、原告らに損失が発生しているとは認められない。
したがって、右不当利得に関する原告らの主張は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
五 結語
以上のとおり、原告らの本訴請求は、いずれも主文一項記載の限度で理由があるが、その余は理由がない。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官市村陽典 裁判官増田隆久 裁判官栁本つとむ)
別表<省略>
(別紙)
1 本件運賃改定前の基準額
41万3171円
80(円)×(60分÷2分25秒)×16(時間)×13(稼働)=41万3171円
2 本件運賃改定後の基準額
(1)本件運賃改定後、平成4年3月分まで(平成3年法律第73号による消費税法改正前のみなし仕入れ率の適用がある期間)
42万3087円
80(円)×(60分÷2分25秒)×16(時間)×13(稼働)×(1.03−0.03×0.2)=42万3087円
(2)平成4年4月分以降(平成3年法律第73号による消費税法改正後のみなし仕入れ率の適用がある期間)
42万0608円
80(円)×(60分÷2分25秒)×16(時間)×13(稼働)×(1.03−0.03×0.4)=42万0608円
3 管理費に加算すべき額
(1)本件運賃改定後、平成4年3月分まで(平成3年法律第73号による消費税法改正前のみなし仕入れ率の適用がある期間)
992円
(42万3046円−41万3171円)×0.1=992円
(2)平成4年4月分以降(平成3年法律第73号による消費税法改正後のみなし仕入れ率の適用がある期間)
744円
(42万0608円−41万3171円)×0.1=744円
(以上、円未満四捨五入)